OL
超不定期な日記
その名も「フッテー記」
絵、なんつう物を描いていると
日頃、使わない脳細胞が、
急に動き出すのか何なのか、
思いもよらない事や、戯言などなどが
言葉となって流れ出してきます。
体を動かし、作業し動く事によって
見えてきたり、感じる事を洩らす訳です。

vol.01
-理想・目標・前進について-

●池袋駅を歩いていて


数年前、TVでNBA選手がインタビューにこう答えてました。
どうしたら、あなたの様にバスケで活躍できるようになりますか?
と聞かれて、「なろうと思えば誰でもなれるさ、
後は強く願うだけだよ・・・」と、
はてはて、どういう事なんでしょうか・・・?
体力も違えば人種も違う、一体どうしたらいいのでしょうか・・・

先日、池袋の駅を世界堂(画材屋)を
目指して歩いていてハッ!と気がつきました。

私は極度の方向音痴です。
車に乗ればただひたすらに進むだけ、
帰宅の際は超適当。
地図を持たせれば上下分からず、自分の居場所が
見当もつかない。
そんな状態です。

ですから、私にとっての池袋駅というのは、ちょー巨大迷路
の様で、どこにいるか全く分からず、どこから出れば良いのか
はてはて・・・・?なのです。

その日は世界堂に行こうと思っていた訳で、確かPARCOの中に
入っているんだったけな・・・くらいに歩いていました。
後は、闇雲に右往左往してパルコパルコと看板を探して、
目的地に着いたのですが、
世界堂→パルコ内という事を知らずに、歩いていたら
どうなっていたでしょうか。
誰かに聞いたらすむ話かもしれませんが、仮に周りの人も
全く分からないとして、考えたらきっと無駄に歩き回って、
疲れて、時間ばかりかかって行くのを止めていたかもしれません。

そこで、思い出したのがNBAの選手の話。

なろうとおもう→そこに行こうと思う。
強く願う→諦めない。
こういう人になろう!と思う事は、目標があると
いう事で、じゃあ、今足りないのは何なのか?と
ちゃんと明確に考えれるという事なんじゃないでしょうか。

●私の十代の頃・・・

学生の頃、何となく絵を描いていて、
何となく絵を描いて暮らしたいな・・・
と思っていたように思います。
そして、その頃読んだゴッホの伝記。
その本には、ゴッホという人はとても苦しい生活をして
絵もまるでん売れなくて、でも凄い勢いで描いて、
苦しくて苦しんで、描いて描いて、で自分で死んじゃった。
という事をとても、美学、偉大な事の様に書いていました。

若かれし私は、ケーッ ペッ!と思ったものです。
何故なら、「絵」を描く事は生活にならず、
仕事として機能せず、とても苦しい苦行の連続を
する事。
なぜ、それを美談にしなくちゃならないのか・・・!と

だから、美術学生や、絵を書くことが大好きな若者が
選択肢にたたされた時に、筆を置いて全く関係の無い職に
就いていくんじゃなかろうか。
だったら、私はニコニコ朗らかに、「楽」に絵を描いて暮らせる事、
それがこれから先、選択に迫られた時の若者に勇気が
与えられるのじゃなかろうか・・・
と絵を描き続けて暮らそう。と決断した切欠だったように
思います。

●限界

そういった意味では、「楽」に描いて暮らせるようになりました。
でも、30歳を前にして、これは違う。
と池袋の件から思うようになりました。
これは車でいう所の、ただ走ってるだけ、
ドライブ。です。
目的地、行き着く先、が無ければ自分の鍛え方の方向も
見えてこないでしょう。
ここは、いっちょ方向転換
ささ、目標を見つけた30歳になるです!




*フッテーの意味
小中高とココの画家屋絵描堂・店主カイノと同級生の、スミヤ・ムネイチロウの往年のギャグ「フッテー」より。
フッテー。当人はどうもマイケル・ジャクソンの真似をして「WHO’S BAD」と言ってるらしいのだが、
聞いてる方からはフッテーとしか聞こえず。
彼は何年もの間、事あるごと(何事も無くとも)にフッテーフッテーと連呼していた為、彼を思い出すと、
フッテーと聞こえてしまう技。

カイノがタイトルのコーナーを不定期日記としようとし、不定期、、と書いている所でまたもフッテーフッテー
とかつての連呼が、頭に響き聞こえてきてしまったので、「フッテー記」と言うタイトルに相成りました。


感想・励ましなど、メールタイトルを「フッテー記」と
書いてkaino66@gakaya.comに送ってください。
・そうです。その通りです。
恥らい無く、素敵だなと思うサイトは真似していく
方向の、他所様HPのデザインもろパクリです。

2004-08-25-(水)